今回は「親知らず」について説明します。
抜いたら顔が小さくなる?
顔がおたふくみたいに腫れる?
色々な都市伝説のある親知らずですが、今回は親知らず抜歯の実際をみながら、どのように処置が進むのかを見てみましょう。血が苦手な方は閲覧注意!
目次
親知らずとは
親知らずは、前から数えて8番目の歯で、「智歯」とよばれたりもします。智歯というと、なんだかありがたい歯のように聞こえますが、実際は全然ありがたくありません・・・
上の写真は、親知らずがしっかりと生えている人の下の歯列の写真です。前から数えて8番目の奥歯が、通称親知らず、です。
鏡を見ながら数えてみると、どうでしょうか?ほとんどの現代人は7番目までしかないのではないでしょうか?ただし、覗いてみて見えないからと言って、親知らずが無いとは限りません。親知らずの多くは歯ぐきの中、あるいはその下の骨の中に埋まっていいることがほとんどだからです。
親知らずは抜いた方がいい?
さて、おそらく親知らずが気になるような年齢になると、周りで親知らずを抜いた人の話をちらほら聞いたりするのではないでしょうか?
「めっちゃ腫れた!」
「超痛かった!」
などなど、あまり良い話は聞かないでしょう。
後で触れますが、親知らずを抜いたら、程度に違いはあれど「何ともない」ということはありません。口のなかに傷ができるので、3~4日、場合によっては1週間以上痛みがつづくこともありますし、下の親知らずで埋まっているものであれば必ず顔が左右非対称になるくらいまで腫れたりもします。こういった術後の症状は体の正常な反応なので、ある程度は仕方がありませんが、ではそういった思いをしてまで親知らずを抜かなければならないのでしょうか?
親知らずを抜いた方がよい場合はいくつかが考えられます。
・親知らずそのものが虫歯になっている
・親知らずの影響で7番目の歯が虫歯になっている、あるいはそのリスクが高い
・親知らずの影響で、その周囲に限局的な歯周病が生じている、あるいはそのリスクが高い
・矯正治療の計画上、親知らずが支障となる
・矯正後の後戻りの防止
といったところでしょうか。
そもそも、親知らずというのはその位置が口の中の奥のまた奥。しっかりと歯磨きをするというのが難しいため、親知らず自体が虫歯になってしまっていることも多いです。親知らずが虫歯になる分にはまだいいのですが、その影響で7番目の歯まで悪影響を及ぼされる場合も多いです。それは虫歯であったり歯周病であったり、その両方のリスクが高くなるためです。
このようなことから、「垂直に生えていて、反対の顎としっかり咬んでいる」親知らず以外は抜いてしまったほうが良いです。斜めになっている親知らずがそこから垂直に生えて上の歯と咬み合う というような事は絶対にありませんので、中途半端な状態の親知らずは「デメリットしかない歯」といって過言ではありません。
ただし、例えば他の奥歯にコンディションの良くない歯がある場合、その歯が抜歯になってしまった際の保険として移植用に親知らずを残しておくことはあります。
また、親知らずの位置があまりにも深く、もはや虫歯や歯周病のリスクにすらならないというような場合は放置するほうが得策といえます。
親知らずだからといって無差別に抜歯というわけではありませんが、多くの親知らずは抜歯してしまったほうがよいわけですね😊痛みや不快な術後症状などもありますが、一度抜いたら二度と生えてはきませんので、気になっていた方は仕事の都合など鑑みて、思い切って抜いてしまってはいかがでしょうか?
親知らずのパターン・難易度
一口に親知らずといっても様々なパターンがあります。上なのか下なのか、深いのか浅いのか、根の形、埋まっている位置・・・・・項目を挙げればパターン化はできますが、当然、ひとつとして同じ親知らずはありません!
そんな中でも、ザックリと親知らずをパターン分けしてみると、以下のようになります。
上の親知らず
①:これは生えている上の親知らず。あらゆる親知らずの中で最も抜くのが簡単です。麻酔など含めても5分くらいで抜ける場合がほとんどです。
②:少し深くなりました。これくらいになると、少し歯ぐきを切開する必要がでてきますが、わずかに歯ぐきを避けてあげれば割とすぐに抜歯ができます。
③:かなり深くなりました。頭の部分まで完全に骨に埋まってしまっているため、切開に加え骨を削る必要もあります。場合によっては30分以上時間がかかってしまうこともあるでしょう。
④:極めて深い上の親知らず。切開、骨の削合をし、ようやく出てくるタイプの親知らずです。
下の親知らず
①:これは、下の普通に生えている親知らず。上としっかり咬んでいればあえて抜く必要がないこともあります。多くは切開など不要ですが、歯の骨植が良い場合などでは歯の分割をすることもあります。
②:少し横に倒れました。親知らずの頭が口の中にすこしだけ出ていて「半埋伏」などとよばれる状態です。歯ぐきの切開が必要になってきますが、位置が深くないため、骨を多く削る必要はなさそうですね。ただし、歯を分割する必要があるため、少しだけ時間がかかり、術後の腫れもあると思った方がいいでしょう。
③:更にわずかに深くなりました。ポイントは手前の7番目の歯と同じくらいの高さにあるところです(②は7番目よりも高いですね)。やはり、歯ぐきの切開は必要ですが、そこまで深くはないので、割とスムーズに抜ける場合が多いです。
④:もっと深くなり、頭が完全に骨の下にはいりました。「完全骨縁下埋伏」というような状態です。このような場合、歯ぐきの切開に加え骨を削除する量も増えてきます。時間も30分以上かかる場合もでてくるため、術後の腫れや痛みはそれなりにあります。
⑤:かなり深くなってきました。深い上、生えている方向が下向きですね。このような逆行性という状態になると、更に難易度が高くなります。大幅な骨削除が必要となり、時間もかかるため、腫れや痛みも強くなる傾向があるといってよいでしょう。
⑥:極めて深い親知らずです。このレベルになるとほとんど”さわらぬ神”状態といってよいでしょう。抜くとなった場合、極端な骨削除が必要となり、時間もかかります。術後は顎の骨に大きな穴が空いた状態となり、回復までも時間がかかります。
いかがでしょう?これはあくまでパターンなので、先ほど書いた通り実際には親知らずの数だけパターンがあります。
一般的に①<②<③・・・・と難易度が高くなっていきますが、これはあくまでレントゲン上の印象のハナシであって、実際の難易度はもっと多くの項目で決まってきます。
- 親知らずの生えている深さ
当然、深ければ深いほど難しくなります。 - 親知らずの生えている方向
基本的には歯を抜いていく方向と生えている方向が同じ方が簡単ですので、先ほどの下⑤のように下を向いていると難しいです。 - 親知らずの大きさ
親知らずの抜歯は、例えるなら瓶の中のものを取り出すような作業。大きければ大きいほど、周りの骨をけずるか、歯を分割して小さくしなければならないので、難しいといえます。 - 親知らずの根の形態
親知らずは奥歯の一種なので、6番目や7番目の歯と同様根っこが色々な形をしています。たとえば、トンガリコーンのような円錐形であれば抜けやすいですし、先端が肥大していたり、フックしていたりすると、当然これが骨に引っかかって抜くのが難しくなります。 - 親知らずの骨植
骨植とは、つまりどれくらいガッチリ生えてるか といったニュアンスでしょうか。骨植が良いと、力をかけてもなかなか動かないことがあるため、抜くのに時間がかかったりします。極端な場合、「癒着」といって部分的に骨と歯が完全に一体化してしまっている場合などもあります。このような場合も抜歯が難しくなります。 - 唇や頬のやわらかさ・口の開き具合
親知らずの抜歯は当然患者さんに口を開けてもらい、その中に術者が手をいれて行うわけです。しかも場所は奥歯のまた奥、、、口が全然開かなかったり、唇が固いと、そもそもの作業がままならないこともあります。親知らずだけではなく、そこにアプローチする上での項目も難易度や時間に影響するわけですね。
さて、様々な要素が相まって親知らずの難易度を決めることがわかりました。ご自身の親知らずはどのパターンに近いでしょうか?歯科医院でレントゲンを見る機会があったら是非よく見てみるのもよいでしょう。
実際の親知らず抜歯
それでは、実際に親知らずを抜歯する過程を見てみましょう。ここでは、下④くらいの親知らずを例に挙げてみようと思います!
血が苦手な人は閲覧注意!
今回はこの親知らずを抜歯します。
お口の中はこのような感じです。一番奥に見えているのが、右下の7番目の歯です。その奥に、レントゲンの大きな親知らずが埋まっているということです。
切開→剥離 をした状態となります。歯の後ろに見えている白い部分が下顎の骨ということですね!この状態では親知らずは姿が見えません。「完全骨縁下」とはこのような状態なわけです。
上に被さっている骨を削っていくと・・・親知らずが見えました。この状態だと、出口に対して歯が大きすぎるのでとても抜歯することはできません。
なので歯を分割します。これは切削器具をつかい歯に割を入れ、写真のような道具を使ってパキッと割っていくのが一般的な方法でしょう。
こうして頭の部分がとれました。頭が取れたその奥に、根っこの断面が見えているのがおわかりでしょうか?次はこれを取り出します。根の先端がフックしていたり、肥大していると、この行程に時間がかかります。
根っこまで、全てが取れた状態です。この穴は、しばらくはこのままです。やがて中が血で満たされ、かさぶたとなり、骨に置き換わっていきます。
最後に、中をよく洗浄し、周りの余分な組織を掃除したら縫っておしまいです。このぐらいの親知らずで麻酔をはじめてから、縫合終了まで、30分前後といったところです。
これが抜去された親知らずです。
右側2つが頭の部分、左側2つが根っこの部分です。
こうして、めでたく親知らずが抜けたら、だいたい1週間前後で抜糸をし、終了となります!
親知らず抜歯後の経過・注意点
親知らず抜歯後どのような注意点があるか、痛みや腫れはどの程度でどれくらいしたら症状が消失するか といった事に関しては、先述の通り「どのような親知らずだったか」によって様々ですし、それ以上に個人差が激しいです。
例えば、1時間くらいかかってようやく抜けるような大変な抜歯でも、患者さん曰く「全然痛みもなくて平気でした~♪」というひともいれば、20分くらいで簡単に抜けたのに「1週間経ったけどまだ痛いし変な感じです・・・泣」というひともいる。正直、同じ術者が同じように処置をしてもこのような差があるので、術後の諸症状には個人差が最も大きな影響因子だと考えています。もちろん患者さん側の体調なども非常に大きな要素でしょう。
ただ、そんな中でも術後の腫れや痛みに影響を与える術者側の因子としては以下のような事が挙げられます。
・傷を開いていた時間
・骨を削った量
・抜去の際にかかる力
・歯や骨を削った際の削りカスの洗浄
結局、親知らずの抜歯というのは外科的な処置になりますので、術者側の技量というのはとっても大事です。研修医とベテラン口腔外科医で、差があるのは当たり前ですよね😃
従って、上の親知らずのパターンでいえば、番号が大きいほうが、上よりも下のほうが術後の不快症状も強く、長引くというのが一般的なところです。
例えば、「実際の行程」で見たような抜歯だった場合は以下のような注意点を説明することになります。
- 運動・飲酒・長湯など、血行のよくなることは避けてください。
- 腫れや痛みがあっても、冷やしすぎないようにしてください。
- うがいのし過ぎは気を付けてください。血が流れてしまい、治りが悪くなることがあります。
- 食事や歯ブラシは基本的に普段通りで問題ありません。ただし、刺激物(激辛など)は避け、縫っているところにブラシが強くあたらないように気をつけてください。
- 化膿止め(抗生物質)と痛み止め(抗炎症薬)は用法容量通りに服薬してください。
- 麻酔がきれるまで、唇などを咬まないように気をつけ、熱いものは避けてください。
- 麻酔が完全にきれた後も、少し痺れたような感じが残ることがありますが、ほとんどの場合時間が経てば元に戻ります。
- 内出血の影響で、顎の下付近が黄色く変色することがありますが、かならず吸収して元にもどるので心配しないでください。
- 痛みは3~4日ほどで落ち着き1週間以内にほぼ気にならなくなることが多いですが、場合によっては更に長引くこともあります。
- 腫れは2~3日後をピークに1週間以内に必ず収まっていきます。
基本的には普段通り生活できますが、人によっては当日~翌日くらいは安静にしておける日に予約をしてほうがいいかもしれませんね。いずれにせよ、仕事ができなくなるとか、そういった心配はないでしょう。
この中で、特に注意が必要なことがあるとすれば、
「麻酔が完全にきれた後も、少し痺れたような感じが残ることがありますが、ほとんどの場合時間が経てば元に戻ります。」
という点です。
下顎の骨の中には「下顎管」という神経と血管の束が通っています。深めの親知らずを抜去する際は、この下顎管の中の神経:下歯槽神経にダメージが加わることがあります。
下歯槽神経は感覚を司る神経なので、これによって唇が動かなくなったり といったことはありませんが、下唇の感覚に鈍い感じが残ることは稀にあります。抜去の際に根っこをこじったりすることで、神経を圧迫してしまったりすることが影響しています。
また、歯を分割する際などに切削器具で直接神経を傷つけてしまうような事も起こり得ますが、レントゲンやCTなどで位置関係をよく把握していればそのようなことはめったに起きません。
神経を完全にぶった切ってしまったりした場合(そのような話は聞いたことがありませんが)、感覚は失われてしまいますし、回復もかなり難しくなってしまいますが、圧迫などによるわずかなダメージであれば術後1か月~3か月と経過を見る事でほとんどの場合元に戻ります。
管理人は今まで500本くらいの親知らずを抜いてきましたが、感覚がなくなってしまったようなケースは0ケースで、術後感覚鈍麻が生じたのは10ケース以下程度、その全てが回復しています。
「神経を傷つける可能性がある??!」
と聞くと、とても不安になってしまいますよね?しかし、これは外科的な処置全てにいえることですが あくまで「そのような可能性がある」という意味合いで説明していることで、そこまで心配する必要はないということがお分かりいただけたかと思います。
まとめ
さて、今回は多くの人に関係のある「親知らず」に焦点を当ててつつ、実際の症例を見ていただきました。
どうしても「抜歯」と聞くと 怖い というイメージがつきまといますし、実際に痛みなど不快な症状がないといったらウソになります。
ただし、冒頭で説明した通り、場合によっては残しておくことで大きな弊害をもたらす可能性がある親知らず。正しい理解のもと、抜歯の必要があるのか、どれくらいの難易度なのかを知り、術後の症状など含め親知らずに対し正しい理解をすることで不必要に恐れる必要はないことがお分かりいただけたらと思います!😊