日々診療をしていると次のような質問をよく受けます。
「このセラミックって、何年くらいもつんですか?」
「インプラントいれたいんですけど、どれくらいでだめになっちゃうもんですか?」
こういった疑問 あって当然だと思います。
特に自費診療であれば治療費も高額。高いお金を払ってすぐにだめになってしまうんではたまったものではありません。
しかし、正直な話 かぶせ物やインプラントは、家電と同じように品質を保証するのは非常に難しいのです。今回はこの事に関して解説します。
目次
かぶせ物やインプラントが「ダメ」になる原因
そもそも
「~は何年もつのか」 という議論をするということは、裏をかえせば
「何年経つと~はダメになる」とうことが前提になってますね。
このダメになるとは、まぁ色々な事がありますが、基本的にはつくったものを除去・撤去して再治療が必要になるという事です。
このように、再治療が必要になってしまうシチュエーションとしては大きく3つのパターンがあります。
1.2次的な虫歯ができてしまった
2.歯周病ができてしまった
3.かぶせ物が割れたり欠けたりしてしまった
(4.歯が割れてしまった)
さて、このうちぼくら歯科医師がコントロールできるのはどれでしょう。
それは、1 と 2 です。
つまり、雑な治療を行い隙間だらけのかぶせ物をつくれば、当然そこから汚れや細菌が浸入し、再び虫歯ができてしまします。また、歯ブラシがうまくできていない人にかぶせ物だけ綺麗にいれても、慢性的に汚れがたまって限局的な歯周病になってしまうこともあります。
しっかりと丁寧な治療を行い、患者さん自身で清潔な環境を維持できるよう指導することで、1 と 2 は予防できるということです。
4 の歯が割れてしまう ということに関しては、治療の影響も、咬み合わせの影響も複雑に関与するため本記事では割愛します。
問題なのは 3 のかぶせ物の破損です。
このかぶせ物の破損はなぜ起きるのでしょうか?
咬合力による破損は仕方がない?
丁寧な治療をして、歯周病のコントロールをしっかり行っても、かぶせ物がだめになってしまうことはあります。その原因は
ご自身の咬み合わせの力~咬合力~です。
セラミックなどのかぶせ物を再製作しなければならない原因のほとんどが、ご自身の咬み合わせの力による破損なのです。
はっきり、正直に言うと
「歯ぎしりや食いしばりによる破損なんて、とてもじゃないけど補償できない」
というのが本音です。
歯医者のくせにかぶせ物が壊れても補償できないとは何事か!無責任なことを言うな!
と思うかもしれません。。。
しかし、咬み合わせの力に関して考察すると、これも仕方のないことだというのが分かると思います。
なぜ咬合力による破壊はぼくら歯科医師にコントロールできず、なおかつ「仕方のない事なのでしょう?」
夜中の歯ぎしり・食いしばりは驚異的な圧力となってかぶせ物に襲いかかる
その理由は大きく2つ
- 歯ぎしりや食いしばりによってかぶせ物にかかる圧力は想像を絶するような強さである
- 歯ぎしりや食いしばりの多くは夜中、本人の意識のないときに起きている
ということです。
「歯ぎしり?食いしばり? それは私には関係ないわ」
と思う方もいるでしょう。しかし、成人のほとんど100%に近い人が夜中寝ている最中に無意識の歯ぎしりや食いしばりをしているといわれています。なので、関係ないという人はいないといって過言ではありません。
ではこの歯ぎしり、一体どれほどの圧力になるでしょうか。咬み合わせの主役となる前から6番目の歯のことを考えましょう。
程度にもよりますが、歯ぎしりの力はひどい場合は本人の体重かそれ以上の力になるといわれています。例えば、体重が50kgf(体重は実は力の単位として換算されたもので、質量ではありません)のひとがいたとします。
そして、歯というのは常に小さな点で接触しています。
例えば、この歯と歯が接触している面積が1mm2だとしましょう。
上下左右28本の歯が残っていて、このような「接触点」が約60か所ほどあり、その内6か所が片方の6番目の歯にあるとします。
咬み合わせの力のほとんどが6番目にかかる事を考慮して、便宜的に3/4の力が6番目に集中するとしましょう。
この場合、
50kgf × 3/4 × 1/2(左右) × 1/6 = 3.125kgf
これが6番目の歯の1つの接触点にかかる力となります。この力が1mm2の面積にかかるわけなので、圧力としては
3.125kgf/mm2
となります。材料の強度の指標としてよく使われるMPa(メガパスカル)に換算すると、
3.123kgf/mm2 = 約30.6MPa
となります。
これがどれほどか、想像できますか?
簡単に言うと、水深3000mでの圧力に匹敵する数値です。
体重50キロでこの程度です。体格のいい男性などでは、これを超えるような圧力が奥歯にかかるということです。
これが瞬間的ではなく、夜中の間、継続的にかぶせ物に襲いかかるわけです。
そう考えると、
なんで壊れるんだ
ではなく、
よく壊れないな
と思いませんか?
一般的に、メーカーが提示する金属の強度というのは1000MPaを超えています。なので、金属が割れてしまう、ということはほとんどありません(代わりにどんどん擦り減ります)。
しかし、今は審美的な要求に応えるべく、セラミックなどの白い材料でかぶせものを作ることが多いです。この場合、強度的な条件もクリアしつつ、審美性も両立しなければなりません。
現在歯科で用いられるセラミック材料には様々な種類があります。その中でもっとも脆いとされている焼成用セラミックは、前歯など色調の再現が複雑な場合に用いられますが、それでも100MPa程度の強度を担保するといわれています。
じゃあ大丈夫じゃないか
ではありません。こういった材料はあくまで材料 人工物です。
金属の細い棒を何度も曲げて、元に戻して、曲げて・・・・とやっているとそのうち折れますよね?
これは材料のなかに「疲労」がたまり、やがて耐えられなくなるからです。
歯科でつかっているかぶせ物も同じです。
毎晩毎晩歯ぎしりに耐え、内部には疲労が蓄積されます。
そしてある日、食事をしている時などにパキっと割れたり欠けたりしてしまうのです。
そんなに固いもの食べてないのに割れたんですけど💢
という気持ちも分かりますが、それは食事のせいだけで割れたわけではないのです。無意識の歯ぎしりや食いしばりに耐えてきたセラミックが、たまたま食事中に限界に達しただけなのです。
上の写真は華奢な女性にセットしたフルジルコニア製のかぶせ物です。セットして数ヶ月後、写真のように破損してきました。このフルジルコニアのメーカー指定強度は600~700MPa です( ゚Д゚)
つまり「どれくらいもつか」は分からない
このように、口腔内という過酷な環境において、さらに歯ぎしりや食いしばりという驚異的な圧力に耐えるというこの世の最も過酷な修行よりも辛いような境遇にあるかぶせ物。
丁寧な治療で精度の高いものをつくり、歯周病をコントロールし、なおかつブラッシングの指導で清潔な環境を保てるように努力をしても、いとも簡単にご自身の咬み合わせの力により破壊されてしまうのです。
これを考慮すると、
「かぶせ物、どれくらいもつの?」
という質問に対しては
「2次的な虫歯や歯周病にはならないようにしっかりと治療をするので、セルフケアをしっかりしてもらえばそういったことが原因でだめになってしまうようなことはないように努力しています。」
「ただし、夜中の歯ぎしりや食いしばり、食生活に関してはぼくらではコントロールできません。あくまで人工物なので、無理な使い方はせず、セラミックに負担がかからないようにしてあげなければなりません。」
「それでも壊れてしまった時は、責任をもって再製作します。」
といった回答になります。
要するに、咬み合わせの力によるセラミックの破壊に関しては未知数なので、極論いつ壊れるかは分からない ということになるわけです。
予防策は?
では、上述の「セラミックに負担がかからないように」とはどのような方法があるでしょうか。今のところ有効なのは
1.こまめな咬み合わせの調整
2.マウスピースの装着
3.日中の咬み合わせの意識
くらいしかありません。
1と2は対症療法で、歯ぎしりがあった時にかぶせ物への負担を減らすことが目的です。
咬み合わせは少しずつ変化するものなので、特に新しくかぶせ物をセットした直後などはこまめに咬み合わせの調整を行い、過剰な干渉を取り除いてやるのが効果的です。
また、夜間装着するマウスピース(ナイトガード)を装着することで、夜中に歯ぎしりがあったとしてもかぶせ物をその圧力から守ってあげることができます。
TCH 歯を接触させる癖とは
これに対して3は原因療法にあたります。
基本的に夜中の歯ぎしりや食いしばりは100%悪いものではありません。
なぜこのような現象が起きるのか、未だに明らかになっていませんが、覚醒時に受けたストレスを発散しているなどといった説もあります。ある程度は”するのが普通”といっていいのかもしれません。
しかし、これもあまりにもひどいと害となります。
最近の報告では
「日中のかみしめや歯ぎしりが減ることで、夜中の歯ぎしりや食いしばりが減少する」
というものがあります。
みなさんは1日24時間のうち、上下の歯が接触している時間はどれくらいだと思いますか?
これを患者さんに質問すると、皆さん
3時間くらいですか?
とか答えます。
1日で上下の歯が接触しているべき時間はだいたい15分程度です。
・食事の時
・嚥下(飲み込み)の時
・その他発音時など
全てを合計して15分くらいです。
その他の間は上下の歯は離れているのが普通なのです。
みなさんどうでしょうか?多くの人はこれを聞いて
え?!うそ、絶対もっと咬んじゃってる!
といいます。
確かにその通りで、現代人の多くは日中仕事に集中している時、テレビを見ている時、家事をしている時、食いしばったり、食いしばらなくても無意識に上下の歯を接触させている事が多いのです。
これをTCH(Tooth Contacting Habit):歯を接触させる癖 といいます。
ちょっと咬むだけでも咬み合わせの筋肉は収縮した状態になります。日中食いしばったり、上下の歯を接触させていると、夜中寝てからも筋肉がその位置を覚えていて歯ぎしりをしてしまう、なので日中の筋肉の緊張を和らげれば夜間の歯ぎしりなども緩和する、というのが理屈です。
これは決して再現性の高い話ではありませんが、日中のTCHを減らすことで夜中の歯ぎしりが減少したという例は沢山報告されています。原因療法の1つとして、試してみる価値はあるわけです。
まとめ
さて、ここまで読んでみて
「かぶせ物が壊れるのは仕方がない」
というのが少し納得できたのではないでしょうか?
勿論、仕方がないからといって無責任に
壊れるのが当たり前だから!!
なんてのは論外です。各歯科医院ごとに定められた補償期間などがあるはずなので、それに応じて責任をもってやり直しをするのがプロとしての仕事です。
ただし、患者さん側も努力をすべきです。
高いお金を出したのになんで壊れるんだ!
と頭ごなしに怒るのではなく、ここまで書いたことを理解し、なるべくかぶせ物やセラミックが長持ちするよう担当の歯科医師と一緒に取り組みましょう。人工物を体の一部として使うというのは、そういうことです。
これからかぶせ物治療を検討している方、あるいはすでにセラミック治療などを受けられた方は 是非参考にしてみてください😊